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任天堂の元社長岩田聡氏の死はなぜ世界中から悲しまれたのか

WII

岩田さんは常に当事者であり続けた

長年にわたって任天堂を成長させてきた岩田さんが亡くなったとき、世間では非常に大きな悲しみに包まれました。
これほどまでに岩田社長の存在は大きかったということを表しています。
なぜ岩田さんがこのように大きな存在となっていたのかは、その経歴やご本人の考え方などを知ればおのずと納得してしまうものです。

岩田社長は商品を開発する際に、常に当事者でいたのです。
商品開発や販売をする従業員を統括する立場でありながら、当事者でいることによってどんな商品が求められているのか、どの商品ならば売れるのかを詳しく知っていたのです。
このように当事者としての感覚を持っていられるのは、統括する立場になってしまうと簡単なことでもありません。

特に任天堂のように大きな企業であれば、代表取締役として君臨するための苦労の方が大きいはずです。
それでも岩田さんは当事者であり続けました。

ゲーマーとしてゲームを愛していた

岩田社長は長年に渡って任天堂の代表となっていましたが、もともとご本人がとてもゲーム学校大好きだったのです。
ご本人が現場だったことによって、次から次に発売するゲームも世の中のニーズに応えているものばかりだったのです。

世の中にたくさんのゲームが存在していますが、このようなゲームについて、こんなゲームだったら良い、こんなゲームを誰かが開発してくれないだろうか?などと思う事を岩田さんは先取りしてゲームソフトやゲーム本体の開発を行っていたのです。
ご本人がゲームを愛していたからこそ、多くの人々に愛されるゲーム機やゲームソフトを作り続けることができたのです。

ゲームを通じての喜びを誰よりも知っていた

小さな子供にゲームをさせるのは視力が弱くなってしまうことや、その他にも脳への悪影響などるがあります。
避けた方が良いと言われることもあります。
しかしゲームを通じての喜びそのもの、というものもゲームも経験した方でなければわからない事です。

ゲームをすることによって優しさを培う、さらには悲しさを経験する、そして感動をするといった様々な経験があります。
岩田さんはご自身がゲーマーだったからこそ、このような部分をしっかりと分かっており、その上で長期間にわたって愛され続けるゲームを作っていたのです。
ゲームに与えてもらえる喜びを、誰よりもしていたといえるのではないでしょうか。

ゲームそのものへの偏見やその他のゲームそのものが単純に自分たちの売り上げに貢献するためのアイテムだと考えていたら、これほどまでに多くの人々から愛されるソフトそして本体などを作ることはできなかったでしょう。
ゲームがどれだけ多くの感動を与えてくれるのかを知っていた岩田さんだからこそ、売上よりも先にゲームでたくさんの人を感動させたい、たくさんの人に楽しみを与えたいといった思いがあったのではないでしょうか。
その結果として長期間にわたって多くの人に愛される任天堂株式会社への成長を遂げたといえるでしょう。